小説サイトぴよぶっくは無料で遊べるよ!

日記

2018-06-10

籤引渡世、目撥鮪が出た

 夜から雨になった。かなり激しい降りである。これに強風が加わったら、嵐になるだろう。屋根裏部屋に行き、窓の施錠を確かめた。カギに関しては異常に神経質なところがある。随分前の話だが、かけるのを忘れて、えらい目に遭ったことがあるからだ。以後、俺は「戸締り魔」と化した。
 居室に行き、晩酌の支度を始めた。テーブルの上を片づけてから、焼酎と氷とミネラル水を持ち込んだ。メバチマグロの刺身を食べながら、水割りを呑む。手元の指南書によると、メバチは加工食品の材料としても相当優秀で「知らず知らず食べている」マグロだそうである。知らず知らず…ねえ。

 食後、洗面所に行き、歯を磨いた。居室に戻り、円盤(DVD)再生機の電源を入れた。司馬遼太郎原作の時代劇(昨年公開)を観る。一応、大作の部類に含まれるのだろうが、軽量級キャストにいささか戸惑う。とは云え、日本映画の現状を考えると「これが精一杯…」なのかも知れない。重量級の布陣を敷こうにも、あらゆる意味で困難だからである。

 役所広司は巧い俳優だし、彼が出演している映画なら「今度観てみようかな…」という気にさせてくれる。くれるが、役所さん一人ではダメなのだ。映画は個人アートではない。総合力で勝負する芸術である。
 戦国の荒武者たちを表現するには、それを演(や)る俳優にも相応の技量や貫録が求められる。髪形(型)や衣装を整え、精妙な小道具を揃えても、肝心のものが抜けていれば「武将にならない…」のである。最近の俳優は、芝居の水準は高いのだけど、アクの強さが欠落している(無論全員ではない)。

 面構えと云うか、顔つきや眼差しが優し過ぎるんですね。だから、悪や敵をやっても、役が膨らまないし、説得力が出にくい。あるいは、出ない。観ているこっちが「あなたはそんなことをする人じゃないでしょ」と思っちゃう。無理矢理怖い顔を作っても、苦笑や失笑を誘うだけである。
 繊細な芝居ができるということは、演技者として大きな武器ではあるけれど、邪悪系のキャラクターも同じように演じこなせて、初めて、一流の称号が得られるのではあるまいか。又、悪に強い者は、善にも強いと云える。

☆以上は「9日の日記」です。昨日書けなかったので、今日投稿しました。
拍手する 4拍手
  1. >日本の場合は旬の人を使いたがるんですよねぇ…

    まあ、仕方がないと云えば、仕方がないですね。映画は芸術だけど、同時に商売でもあるわけですから。

    >ここも日本の問題でやたら宣伝に金使うのがネックという…

    投入に見合う成果が得られるのならいいけど、実際はなかなか大変じゃないかな。現代(いま)は映画以外にも面白いものがいっぱいあるからなあ…。

    闇塚 鍋太郎 2018-06-15 16:38
  2. 適材適所がありますが、日本の場合は旬の人を使いたがるんですよねぇ…ただでさえ役のキャラ性よりも俳優のキャラ性が割を食ってしまうのが多いので、なんだかなぁと

    逆に適材適所がハマった時は良いものが生まれる…のだけど、ここも日本の問題でやたら宣伝に金使うのがネックという…

    IXIもわ 2018-06-10 19:49